教室で起きた、突然の異変
私は高校1年の3月、授業中に急に過呼吸で胸が苦しくなりました。当時は何が起きているのか全く分からず、そしてどうしていのかもわからず、ただ「周りに気づかれたくない」という一心で、机に伏せて寝たふりをしながらその場を必死にやり過ごしました。
当時通っていた全日制高校は進学を重視する空気があり、自分も志望校進学のために、症状が出てからもそれを隠して塾に行ったり、学校にも通い続けました。学校自体、全く嫌いではなかったんです。
しかし次第に症状が悪化していき、教室に入ることすら難しくなりました。保健室へ通う日が増え、学校の前の通学路で引き返すようになり、そして電車にも乗れなくなり数駅乗っては引き返すようになりました。最終的には両親に送迎してもらわなければ登校できない状態になっていきました。それでも、中学生の頃にコロナ禍で修学旅行に行けなかったため、高校の修学旅行にはどうしても参加したいという気持ちがあり、高2の5月まではなんとか登校できていました。念願の修学旅行に行けた時は本当に嬉しかったです。
しかし、その後は登校できる日が徐々に減っていき、ついに学校に通うこと自体が難しくなってしまいました。
振り返ると高1の秋頃から、朝になぜか身体が動かない症状が出ていましたが、「学校に行かなくちゃ」と思って、自分の変化に気付けていませんでした。今になって思うのは、さまざまなプレッシャーが積み重なっていたんだろうなということです。受験への不安、60人近くが所属する吹奏楽部でのレギュラー争い、委員会では副委員長として先生と委員長の板挟みになることもありました。さらにその頃は6時に起きて、朝から部活、授業、委員会、そしてまた部活をして、学校の後も予備校へ通って、帰宅後も勉強をする生活。それでも「時間が足りない」と焦っていました。

通信制高校という居場所
保健室に通う中で、先生に精神科への受診を勧められました。行って治るのであれば行くべきだと思い、当時はあまり深刻には捉えておらず、他の科の病院と同じような感覚で受診を決めました。しかし、18歳未満の受付をしていない病院も多く、予約が最短でも1ヶ月先と言われ、受診するまでに時間がかかりました。
受診を待っている期間も、学校では保健室の先生に「病院に行ったの?」と聞かれたり、全日制の高校には自分の居場所がないように感じていました。
家族にも、自分がなぜ悩んでいるのかを当時はうまく説明できなかったので、相談しづらかったです。
そしてようやく受診した結果、パニック障害と診断されました。「そうだったのか」という納得の気持ちと「なんで自分なのか」という感情が強く湧いてきましたが、治療のために薬を服用することになりました。早く病気を治したいという気持ちが強く、薬を服用することへあまり抵抗はありませんでした。ただ、自分に合う薬を見つけるまでには1年ほどかかりました。
薬での治療を進めていく中で体調が悪化することもありました。服用量が多いことや、もともと薬に対する苦手意識があったことで、不安が強くなってしまったことが大きかったと思います。また副作用もあり、ご飯を食べられる量も増減して、思春期で容姿が気になる年齢だったので、見た目に変化が出ることもつらかったです。それでも薬を飲まないと、次の日の自分の行動が制限されるので、早く治したい思いで薬を飲み続けました。その後も学校に通えない日が続き、いよいよ単位が厳しくなってきた高2の夏休み頃、学校のカウンセラーの先生に通信制高校への転入を勧められました。
最初は通信制高校に対してネガティブなイメージを持っていました。ですが、家族と協力して何校も資料を取り寄せて調べていくうちに、決してそうではないということがわかりました。
まず、これだけ沢山の通信制高校があることに驚きました。そして、色々なことができると気付いてからイメージが変わり、通信制高校への転入へ前向きになりました。
通学のしやすさや、オンラインで授業を受けられること。そしてスクーリングを学校で受けられること。また実際にキャンパスを見にいった時に感じた、みんな好きな格好をしていたり、先生との距離が近いなど、「良い意味で学校っぽくない」雰囲気が決め手となりクラーク記念国際高校に決め、高2の10月に転入しました。
全日制に通えなくなってから学校に自分の居場所がないように感じていました。教室に入れないときは保健室に行くしかなく、そこに行くまでの間、先生たちは声をかけてくれるものの、その声かけは保健室に着くまでで終わってしまい、表面的な気遣いのように感じられました。さらに保健室では、病院に行くように急かされているように感じました。
ですが、通信制高校に通うようになってからは症状についても理解のある先生や、自由の高いスケジュールのおかげで、自分のペースで学べ、ここにいて良いんだと思える居場所を見つけることができました。
先生はフレンドリーで、雰囲気もアットホームです。こまめに気にかけてくれ、2週間に1回の面談の時には「最近何かあった?」「レポート進んでる?」「体調はどう?」「今度こんなイベントがあるよ」など親身になってくれました。自分のために行動してくれていると感じられる親身で理解のある先生がいたから学び続けることができたと思います。高3のタイミングで体調不良もあり、大学受験を見送っていたのですが、高校卒業後も連絡を取り続けてくれ、受験のサポートもしてくださり、大学進学もかなえられました。
また自由な時間が増えたからこそ、自分で「何かできる」と思えるようになり、できることから始めてみようと考えました。自分で調べて、子ども食堂や学童でのボランティア、アルバイトに挑戦しました。様々な環境で生きている子供や多くの大人と関わるようになったり、働くことの大変さを知ったり。些細なことかもしれませんが、できることが増えた実感や、関わる世界が広がったことを感じました。全日制高校にいた頃よりも、視野が広がったと実感しています。

乗り越えてきた経験がくれた自信
現在は通学もでき自分のペースで学べる通信制大学の、日本大学通信教育部に通っています。パニック障害の症状も高校時代より良くなり、電車にも乗れるようになりました。
通院の頻度も減っていて、大学1~2年の間に薬をやめられたらいいねと、病院の先生と話しています。ですが、焦らず時間をかけて完治させられたら良いなと思っています。
同じように悩みを抱えている人に伝えたいのは、周りと違うことや、精神的な病気を持っていることは、決して悪いことではないということです。すぐに完治しようと焦らないで、急がず、ゆっくりでいいから徐々に自分のペースで上手に付き合っていってほしいです。
私も薬に頼ったり、母がくれたアクセサリーをお守りにしたりしながら、病気と向き合いつつ学びを続けています。
将来はまだ模索中ですが、自分が助けられた経験があるからこそ、今度は自分が誰かの力になり助けられたらと思っています。また、プレマシードのインターンを通じて、通信制高校に対する良くない印象をプラスに変えたいと思っています。
これまで人生で1番のどん底の辛かった、色々なことを乗り越えてきたからこそ、その経験がこれからの私の自信になっています。

取材日:2025年10月
本記事内で話されていることは、個人の体験や感じ方によるものです。現在の学校のカリキュラムや学習の進め方とは異なる場合があります。
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