習い事を掛け持ちしすぎて体調を崩し、小学校は不登校に。中学校は学級崩壊
子どもの頃はこだわりが強く、体育の授業で負けても泣いていたほど極度の負けず嫌いでした。習い事も、少し経験すると「1番になりたい」と思い、小学5年の頃には九つの習い事を掛け持ちしていました。
そのせいで、毎日とにかく忙しい生活を送っていました。放課後は必ず何かしらの習い事があるので、朝6時に起きて宿題をしてから学校へ。そして習い事から帰ってきたら、あっという間に22時。自分では上手くこなしているつもりでしたが、ハードスケジュールに体が悲鳴を上げ、目覚めると腹痛を起こすように。そうして不登校になりました。しばらくすると「学校の時間帯にだけ体調が悪くなる」と分かり、習い事は土曜に通っていたタップダンス以外、全てやめてしまいました。
不登校のまま6年生に進級しましたが、単身赴任していた父が帰省していたタイミングで無理やり車に乗せられ、登校することになりました。傍目から見れば荒療治でしょうが、個人的には「無理やりだったけど学校に行けた」ことが自信になり、保健室登校を開始できました。ただ、カウンセラーの先生から「中学進学後も、何かしらの支援が必要かもしれない」という話を聞き、生来の負けず嫌いが発動します。3学期からは、毎日登校して全ての授業に出席し、認められたいという思いで不登校を克服しました。
中学校は、「みんなと同じように生活できる」という嬉しさとともに進学。気分が一新して成績も上がり、高校受験を見据えて内申点を稼ごうと学級委員の仕事も精力的にこなしました。
その頃クラスは、お世辞にも良い雰囲気とは言えませんでした。男女間に亀裂が入って一切の会話がなくなり、険悪な空気に支配されたのです。私は、「学級委員としてどうにかしなきゃ」と一人で期待を背負い、男子と女子、生徒と教員の二つの板挟みにあったことで起立性調節障害に。この体調ではとても高校受験に耐えられないと判断し、通信制高校を考え始め、N高等学校(以下、N高)に進学しました。
上手くいかない実績づくり。リゾートバイトで自分を見つめ直す
N高では英語とプログラミングを学び、起業部にも入り、さまざまな実績を作って大学進学に備えようと考えていました。
親族は名門大学や海外大学の出身者ばかりで、8歳上の姉は有名大学を卒業しています。周囲から「勉強しろ」と言われたことはありませんが、子どもの頃から「勉強して良い大学に入らないとみんなに認められない」と思い込み、勝手にプレッシャーを感じていました。中学時代、体調のせいで正面から高校受験に向き合えなかったことも引っ掛かっていたと思います。
だからこそ、英語やプログラミングで目に見える成果を出し、難関大学への足掛かりをつくろうと思ったのです。
しかし、「できる人」と自分を比べ、落ち込む日々。
そんな私を見かねたのか、母が「自然豊かな場所にでも行ってきたら?」と声をかけてくれました。大阪を離れ、学校とは違う環境で刺激を受けてみてはどうかと提案してくれたのです。
高校生を受け入れてくれるリゾートバイトを探し、高校2年の夏に一人で長野県へ。そこで、祖父母ほどの年齢の方やリゾートバイトを転々としている方など、自分にはない価値観を持った人々に出会いました。雄大な自然の中で、年齢や働き方に関わらず前向きに日々を過ごしている人たちの姿に触れ、さまざまな話をする中で、私は改めて自分自身を見つめ直すようになりました。
そして、人生で初めて「自分が心からやりたいことは何なのだろうか」と考えたのです。
今なら言える。大切なのは、何をやるか。遠回りした経験も人生の糧となる
リゾートバイトでいろいろな人に出会い、自分とも向き合うことで、やりたいことにフォーカスしようと決意しました。
それからは、N高グループの文化祭である『磁石祭』でタップダンスとバンド演奏を披露する機会をもらえたり、先輩から引き継いだ学生団体で「不登校経験者向けの第三の居場所づくり」を企画。『全国高校生マイプロジェクトアワード』で全国優秀賞を獲得しました。
評価を得るために取り組んだものは、結局、更に高い評価の人と比べてしまって今一つだと感じていました。しかし、自分のやりたいことを突き詰めたら納得のいく結果に結びついたのです。
自分軸でやりたいことにチャレンジした結果、N高にたった1枠しかない、関西学院大学の指定校推薦を勝ち取ることができました。現在は、経済学部で学びながら芸能事務所にも所属し、TikTokなどで企業の製品をPRする「広告ショートドラマ事業」にも注力しています。
芸能活動は、もともと自分が本当にやりたかったことであり、体調不良によって一度はやむを得ず手放したものでした。しかし今、形を変えて再び向き合うことができています。
私は子どもの頃から「周囲に認めてもらえる人間」になりたくて、そのために学歴が必要だと考えていました。しかし、実際に大学生になって思うのは「学歴なんて関係なかった」という以前と真逆の感想です。
周りには学歴に関係なく尊敬できる人がいます。そして、大学生活が充実しているのは芸能や企画など自分のやりたいことにチャレンジできているからです。大学生になったからではなく、「自分軸」で生きることで学歴コンプレックスを克服できました。
不登校や起立性調節障害を経験し、随分と遠回りしましたが、その分大きな学びを得ることができました。今なら「遠回りしたことも人生の糧になった」と胸を張って言えます。
振り返ってみると、一度しかない人生、生き方や働き方は自分らしい形であっていいのだと実感します。もし、周りからどう思われるかに苦しんでいる人がいるなら、自分らしく、自由に人生と向き合ってほしいと思います。
取材日:2025年12月
本記事内で話されていることは、個人の体験や感じ方によるものです。現在の学校のカリキュラムや学習の進め方とは異なる場合があります。
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